- 赤い月、闇が哂う。-




狂気と狂喜に染まった美しき白磁の肌に散りしは、紅の花。
熱なき舌に拭い取られた、花の後に散るも紅の華。
今宵、あたしは紅く淫らに咲き乱れる。

――――――嗚呼、闇が哂う。
 
***
 
月が綺麗だ。見事な満月。ざわめきに満ちた紅色の満月。
夜が騒いで闇が蠢き、肌を伝う痺れにも似た甘い狂気が僕を狂わせる。

騒ぐ、騒ぐ。満ちている。

禍々しき愛しき感情。
毒々しき赤と黒に満ちた景色。

月よ染まれと赤い霧が霞を作る。

真っ暗闇の森の中、閃光に照らし出された影ひとつ。
響き渡る轟音が、僕には今夜の舞台の開幕ベルに聞こえていた。
役者はすでに揃っている。
主役はすでに華麗に舞台で舞い踊り、静寂の夜を華々しく打ち破る爆音と輝く火の粉を纏っている。
 
――――――さあ、そろそろ参りましょうか?
 
音もなく我が身を運んで主役の元へ。
紅色の月下、地を這う焔に照らされた美しき今宵のヒロイン。
舞台は華麗に朽ち果て炎上する、爛れた教会の残骸の中へ。

「こんばんは、リナさん」

恭しくも、優雅に一礼。
愛しの君、『彼女』の麗しき姿に敬意を込めて。

「……呼んでないわよ。何しにきたの?」

射るような灼熱の視線で僕を見る『彼女』。
紅い瞳。紅き衣を纏い、僕が譲り渡した魔血玉呪符を持つ麗しの乙女。
紅い、赤い、その姿。
紅蓮の炎に照らし出されて、栗色の髪まで燃えるような赤だ。
今宵の貴女は、譬えるならば『赤き殺戮の乙女』
なんと美しい姿だろう。

「おや……呼ばれなければ出てきてはいけないんですか?」

ぱちん、とひとつ指を鳴らす。
途端に燃え盛る炎が消え、ちらちらと焼け焦げた辺りに瞬くくすぶりと化す。
汚らわしい累々たる肉の残骸は無に還り、ふぅっと闇の気配が色を濃くする。
静寂の満ちた舞台に、ぬらりとした夜気が立ち込める。

「そうね。アンタはあたしの便利アイテム四号だもの。呼んだらすぐ来る、用の無いときは出てこない。
 それが当然。…………不満かしら?」

さらりとしなやかな髪を夜風になびかせて彼女は微笑う。

「不満?……もとより僕は、忠実なる中間管理職。使われることには慣れています。まぁ、リナさんとの
 『関係』は少しだけ特別ですがね?」

くすっ、とお互い笑い合う。

『魔族との契約』ではない、僕と彼女の間だけに存在する『関係』。
どんな契約よりも、互いを強固に縛り付ける『特別な関係』。
普段は優しく互いに与え合い分かち合う、見返りなど求めない『関係』。
けれど時折降りかかる、『代償』。
僕達の『関係』はあまりにも罪が深すぎて、誰にも救うことなどできない。
僕達は『関係』に溺れすぎていて、誰にも救われることを望まなくなっている。

「――――『特別』だからこそ…………ねぇ?」

言葉と同時に瞬時に姿を消し、背後から彼女を抱きすくめて耳元に唇を寄せた。
甘い髪の香りに陶然と埋もれながら。

「残念ながら、リナさんと僕の『関係』には、それなりの『代償』が必要なんですよ?……ご存知の通り」
「――――っっ!!!」

鋭い呼気に合わせて繰り出された肘鉄をひらりと避け、真正面から救い上げるように滑らかな輪郭に両手を
当てて持ち上げる。彼女は痛っ、と呻いて自由を奪われた顔に怒りを滲ませて、僕を睨みつけてくる。
美しい瞳。灼熱の視線。
僕はうっとりとそれを見つめながら、自らの瞳に暗い欲望を滲ませた。

「ここ暫くその『代償』を頂いておりませんでしたので――――今夜、少々纏めて戴こうと思いまして♪
 それともうひとつ。……今日の『支払い』が『普段どおり』だなんて思わないでくださいね?」

『特別』な『関係』故に発生する『代償』。

「…………ちょっと…………それってどういうことよ?」
 
―――――それを、今夜は彼女に『支払って』貰う為に此処へ来た……この場所に。
 
 
紅色の月に誘われて。
紅く染まる彼女が見たくて。
闇色の欲望を開放するために。 
 
 
―――――そう。

「今夜の僕は、少しだけ――――――嗜虐的な気分なんです♪」
 
にいっ、と口の両端を裂くように哂った僕を見て、彼女の顔から色が消えた。
これからわが身に起こりうるであろう『惨劇』の予感を感じて。
 
「さぁ、今宵の『舞台』をはじめましょうか?」
 
***

赤い月光に照らし出された舞台で、彼女とワルツを踊るかのようにその細い両腕を掴んで引き寄せた。
ぐんっ、と狭まった距離、睫が触れんばかりに近いその距離でも、彼女の瞳は強い光をたたえたままだった。

「ふふっ……相変わらずのいい表情ですね。何者にも絶対に屈しない、その瞳が好きですよ。とっても」
「――――っ、ちょ、っと!離しなさいよっ!」

抗議の声。今の僕には無意味な彼女の申し出。
それには応えず、くすくすくすと囁くように笑いながら人差し指を彼女の頬にあてた。

「魔を跳ね返すような力を持った瞳………いいえ、魔すらも惹きつけてやまない瞳。貴女そのものですよ、
 この瞳は……美しく、危険で、とても魅力的です」

つうっ、と指先で頬を撫で下ろす。
そのまま細く脆い首筋へ指を運んで、喉元を掴むようにして爪を立てる。
ぷつ、と小さく弾けるような音がした。
ぞく、と愉悦が背中を這う。

それに続く、ひっ、と短く引きつるような彼女の悲鳴。

嗚呼、もっと聞かせて欲しい。
嗚呼、もっと僕の為だけに鳴いて。

「だからこそ、時々、その美しい瞳を涙と恐怖と快楽で濡らして狂わせてしまいたくなるんですよ――――」

大きく大きく見開かれた赤い瞳に、僕の瞳が映りこんでまるで葡萄酒のような深みのある色をしている。
これだけでも、僕は気が狂うほどに酔いしれてしまいそう。
何をするの?、と貴女の瞳が語りかける。
何をしましょうか?、と僕は瞳で返事を返す。
ゆっくりと彼女の襟元に爪をかけ、ぢっ、ぢっ、と音を立てて赤い衣を裂いてゆく。
裂けた赤から覗く真白な肌に、糸のような赤い痕。
 
やめて、と薔薇の花びらのような唇が震えた。
 
その震えを遮るように口付けを落とす。
瞳はずっと見つめたままに、僕以外を映すことは許さない。
呼吸すら許さぬ暴力的で執拗な口付けを貴女に。
虚ろになりながらも僕を映す赤い瞳。嗚呼。嗚呼。なんて美しい。
そっと放した唇から、銀の橋が渡された。
震える瞼から零れる銀の雫は、僕のためだけに流されたもの。

――――――ビィィィィィィィィィィィィッ…………!

「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

そして、一息に切り裂かれた衣の断末魔と彼女の悲鳴が共鳴して美しい和音を奏でた。

「いいですねぇ……哀願してくださいよ、もっと、もっと。……そしたら、もっともっともっと愛玩して
 さしあげますから」

ぶちっ、と彼女のショルダーガードの止め具が弾け、マントもろともその華奢な肩から滑り落ちる。
ぴっ、と背筋にも爪を立て、そろそろと猫が爪を研ぐように撫で下ろす。

脆く裂けてゆく彼女の衣装。白い皮膚。

柔らかな肢体を決して放さぬよう細い腰に腕を回し、無造作に布を刻む。痕をつける。
脆弱なこの器は、気をつけなければすぐに壊れてしまう。

彼女をふわりと抱き上げ、月光の降り注ぐ祭壇に捧げるように横たえた。

そろっ、と優しく指の腹で胸元を撫で上げる。
彼女は、は、と震えた吐息を漏らして弱々しく僕の頬に手を伸ばしてきた。

「…………こ、こじゃ……やだ…………ゼロス…………宿、戻ろ…………?」

普段は神など信じることの無い彼女、それでもこの場で魔に犯される背徳には耐えられないのだろう。
神聖なる祭壇で、魔の餌食にならんとする自分を恥じているのかもしれない。
すがりつくような声とその瞳に、暗い欲望の炎が勢いを増す。
僕はその手に頬擦りをして、にっこりと彼女に微笑んだ。

「――――――嫌です♪」

僕の答えは簡単すぎて、それが何より彼女の言葉と希望を奪ったらしかった。
彼女の必死の抵抗と紡ぎ出そうとした混沌の言葉は、彼女自身の嬌声と喘ぎに消える。
彼女が精神を集中しようにも、頼りとなる額のバンダナはその額に存在していない。
それは僕が衣服より先に外しておいたのだ……彼女に気取られぬように。
気づいた瞬間の、その絶望を見るために。
 
今や彼女は、完全に僕の『餌食』。
 
先刻、彼女がその力で壊滅させた盗賊団のアジト。
元は教会として使われていた、その残骸。

今は廃墟と化したその場所の大理石の祭壇の上で、僕は彼女を欲望のままに弄び始めた。

まずは獣が獲物の皮膚を破るがごとく、尖らせた爪でその衣服を切り裂き引きちぎる。
怯えと羞恥に染まる表情を愉しみながら、むき出しになった皮膚に舌を這わせる。

ひとつの抵抗は二倍の快楽にして。ふたつの抵抗は三倍の悦楽にして。

手足を戒めるものなど必要ない。彼女を縛るのは僕の手、瞳、そして唇だけで十分。
自分自身の快楽よりも、彼女に加える嗜虐こそが僕を何よりも駆り立て愉悦に浸らせる。

彼女は可愛い声で鳴く、「お願い、やめて、お願いだから、」。
可愛い声で、僕を呼ぶ、「ゼロス、ゼロス、」。

『僕』の餌食になりながら、『僕』という毒に犯され、『彼女』はただ哀願する。
『彼女』を餌食にしながら、『彼女』という蜜を貪り、『僕』はより愛玩に耽る。

力なく横たわる彼女の瞳が『何故?』と問いかけたから、伝う涙に唇を寄せて抱き寄せた。

「今夜は月が紅くて綺麗だったから。…………そして紅い月光に照らされる貴女が欲しかったから。
 それだけです」

白磁の皮膚。
柔らかなる肢体に刻まれた無数の紅い、糸、痕、雫。
その一つ一つが狂おしい程に愛しくて、一瞬だけ、甘く優しい『普段の僕』に戻って彼女へ口付けを落とした。

「嗚呼、綺麗ですよリナさん」

貴女の瞳に映る僕の嬉しそうな顔を見る僕を見て、貴女は僕を想っていて。
僕の瞳に映る貴女の哀しそうな顔を見る貴女を見て、僕は貴女を想っている。

『普段の僕』の口付けで、一瞬和らいだその表情を、僕は次の瞬間に浮かべた獣の笑みで打ち消した。
再び彼女の瞳に恐怖が宿り、彼女の中にはもう僕しか存在していない。

「血に濡れる貴女というのも素敵ですけれど、どうせなら違う華をその白い肌へ散らしましょうね?」

にっこりと笑いかけてから、まずひとつ、と白い首筋に赤く淫らな華を咲かせた。
ひくり、と白い喉が跳ねたと同時に、ガラリ、と岩の崩れる音が朽ちた構内に響いた。

「―――――貴様、そこで何をしている」
 
僕自身も予期していなかった、『余興』の幕が開こうとしていた。
 
 

***

「何をしているんだ、と聞いている!」

吹き上がる感情を押し殺した、殺意と冷気に満ちた声。
禍々しくも哀しき合成獣の身体を持つ、一人の青年…………彼女の、仲間。

白衣の魔剣士ゼルガディス=グレイワーズ。

これはとんだ厄介者が来てしまった。呼んでもいないというのに。
この『舞台』の登場人物は僕と彼女の二人だけでいい。

彼女の半身を抱きしめて彼の視線から守りつつ、首と視線だけを向けて低く応えを返す。

「今宵、この場に貴方の登場シーンは予定されていませんよ……ゼルガディスさん?」
「喧しい。…………質問に答えろ。………………リナ、居るのか?」

彼の言葉に、びくり、と彼女の身体が跳ね、ふるふると小さく震え出す。
自分のあられもない姿を見せまいと、身を縮めて僕の胸にしがみつく。

――――――嗚呼、なんて忌々しい。

つい先刻まで、彼女には僕しか存在していなかったというのに。
その身体も視界も心も思考も感情も、僕だけの為のものだったのに。

ちっ、と短く舌打ちをして、自分のマントを外して彼女を包み込む。
肌が隠れたことで安堵したのか、彼女の震えは治まった。
そっ、と優しく髪を撫でて、漆黒の皮膜に包まれたその華奢な肢体を抱き上げる。
そして彼女を自分の方膝に座らせるようにして抱きかかえ、彼を見据えて嘲るような笑みを浮かべた。

「……………貴様という奴は…………っ!リナを放せ!」

想像通りの反応。わかりきっていた、彼のありきたりの台詞。

「――――――お断りします」

くくっ、と喉で哂って彼女を抱き寄せる。
するり、と彼女を覆う黒い皮膜の隙間から手を差し入れて柔らかな肌を弄ぶ。

「やぁっ…………ぁぅ………………!」

途端に甘く鳴きだした彼女にちゅ、ちゅ、と短く何度も口付ける。
先に加えられていた『嗜虐』で敏感になっていた彼女は、ほんの少しの刺激でとてもいい反応を返してくる。
伏せられた瞼と涙に濡れる睫が綺麗で、もう一度そこにも軽く口付ける。
突然己の目の前で始まった『行為』に、彼はぎょっと目を見開いて硬直した。

「止めろっ!!!!…………何を………っ………俺の目の前で、………………貴様、正気か?!」

怒りと困惑に満ちた表情、その視線は彼女と僕の間を行ったり来たり。
流れてくる感情は様々に混ざり合い混沌として、なかなかに美味だった。

ああ、そうか、これは余興と思えばいい。
それならそれで、違う愉しみがあるかもしれない。

「ふふ、何を仰っているんですか?ねぇ、ゼルガディスさんは僕を何だと思っていらっしゃるんです?
 『正気か、』ですって?くくくくく、魔族である僕に『正気か、』だなんて……ずいぶん面白い冗談ですねぇ?」

未だ金縛りにかかったようにこちらを睨みつけたまま動かぬ彼を見下しながら嘲笑い、ちっちっち、と己の
顔のすぐ横で人差し指を立てて揺らした。「僕は、魔族なんですよぉ?」と馬鹿にしたように繰り返す。

「――――――貴様ぁぁぁぁっ!!!!!」

この一言に激昂した彼が、合成獣の本性を暴走させたかのような勢いでこちらに向かって切りかかってきた。
だがその一撃は、祭壇目前で目に見えぬ壁に弾き返されてしまう。

魔族である自分に、呪文詠唱など必要ない。
彼の攻撃を防ぐことなど、僕にとっては指ひとつ動かさなくても可能なほどに簡単なこと。

「たかが合成獣風情が、この『舞台』に上がろうなんて図々しいですよ?……ああ、それともこの『舞台』の
 観客にでもなりますか?」

吹き飛ばされた己の身体で砕けた瓦礫から身を起こした彼は、信じられないといわんばかりの表情で
こちらを凝視する。僕はにんまりと笑って人差し指を唇の端に添えた。

「この『舞台」に上がることはできずとも、そこから眺めることはできますよ?……僕の邪魔さえしなければ」

僕の言葉が終わると同時に、はっ、と短く息を呑む音が二つ重なった。
わなわな、と彼の全身が震えたが、言葉を発することはできなかったようだ。

「僕は構いませんよ、見たいならばどうぞご存分に。…………ただ、それは悪趣味な上に、ゼルガディスさん
 ご自身が辛い思いをするだけだと思いますが………」

ね?と言葉を切るのに合わせて、彼女の身体を正面に向かせて自分の膝にまたがるように座らせる。
僕は背後から抱きしめる。片手は黒い皮膜の上、もう片方は重なり合う皮膜の中へ差し入れて。

「……ぅあっ……は、ぁっ……や、だっ!…………っねが、い、ゼ…………る……みない…………で」

切れ切れの彼女の言葉。
なんということだろう、甘い悲鳴が、その声が、僕ではなく彼に向けられてしまった。

「リナさぁん……?駄目ですよ、僕以外のひとの名前を呼んだりしちゃぁ…………」

ほんの一瞬でも彼に向けられた意識と言葉が憎らしくて、更なる虐刑を彼女に加えて弄ぶ。

漆黒の皮膜に包まれた中の行為を彼の視線に晒すことはしていないが、僕の腕の中で揺らいだり跳ね
上がったりする度に、悩ましく眉根を寄せる彼女を見れば『何をされているのか』ぐらいは想像がつくだろう。
 
上気した薔薇の頬、濡れた唇。白い鎖骨に走る赤い痕。
虚ろな瞳は淫靡に輝き、零れる吐息は甘く蠱惑的。
 
彼は言葉を発することも動くこともできずに、呆然とただこの『舞台』に目を奪われている。
 
本来は他の誰にも見せたくない彼女のこの表情が、他者の目に晒されているということが、嗜虐の炎に注ぐ
油となった。
 
「ねーぇ、ゼルガディスさん?どうなっていると思います?この『中』……」
 
僕はくすくすと笑いながら、マントの片端を抓んで持ち上げる。
ちらりと覗いた隙間から、彼女の白い『一部』が覗く。
可愛い悲鳴を上げながら身を捩る彼女を『内部』で弄る度に、皮膜の裾からはらりはらりと無残に刻まれた
衣装の残骸が散る。黒い皮膜を押さえる手から力を抜けば、するり、と露に晒される彼女の柔肌。

一瞬ぎょっと見開かれた瞳、僕の問いかけに是とも否も返答できぬ彼に、更なる追い討ちをかける。

「くすくすくす…………知りたくて仕方ないって顔をしてますね?……ご覧になりますか?」
「やあっ…………、やだ、やだ、やだやだやだっ……………ゼロスっ……………お願いだから……っ」
「ばっ……………?!何を考えているゼロス!やめろ貴様…………ッッ!」

僕の嘲笑。
彼女の悲鳴。
彼の狼狽。

それらが混ざり合う中、僕は扇情的なその肢体を覆う黒い皮膜を掴んだ手を、ぐっと引き上げ――――――
 
「……………なんちゃって♪」
 
月下に彼女の肌が露になる一瞬前に、ぺろりと赤い舌を出して『あちら』と『こちら』の空間を切り分けた。
隔たれても尚、流れ込んでくる彼の『感情』のえもいわれぬ極上の味に、僕は笑いが止まらなかった。
 
――――――嗚呼、愉しい余興でしたよ、ゼルガディスさん。
 
 

***
 
再び僕と彼女だけとなった『舞台』。
彼女から剥ぎ取った漆黒の皮膜を祭壇へ広げ、脆弱で儚いその肢体を横たえた。
熱を帯びて吐き出される甘い吐息、滲んで零れる涙は枯れることを知らない。

「…………ひどい……っ、……きら、い、……っ……あんたなんか…………!……ど、して…………
 あたし…………っ、ゼロス、………………なんて………………」

僕の下で、うわごとのように紡ぎ出される彼女の言葉。
その言葉とは裏腹に、彼女は僕を求めるように腕を掴んで爪を立てる。
彼女はいつだってそう。わかっている。だから僕は時々こうして彼女に『僕』を刻み付けなくてはならない。
『誤解』されては困るのだ。『錯覚』しそうになったなら、引き戻さなくては。
そうして僕も、『安堵』することなく『盲目』になることができる。

「本当に、心の底から、僕のことを嫌えるのなら。忘れられるのなら。憎めるのなら………試しにやって
 御覧なさい?―――――どんなことがあろうとも、僕は貴女を放すことも、貴女が僕から離れることも、
 赦しはしませんよ。…………僕達の『関係』は、この『代償』は、ずっとずっと終わらぬ無限回廊のような
 ものです…………貴女も、よくご存知でしょう?もう手遅れなんですよ。なにもかも、」

そっと温度のない指で掬い取った彼女の血を、紅を引くようにその唇に乗せた。
彼女はそっと瞳を閉じて、僕の髪を掴み、引かれたばかりのその紅へと僕の唇を引き寄せた。
 
それは有言の『征服』という名の『服従』の証。
それは無言の『服従』という名の『征服』の印。
 

『人』と『魔』の間に生じた、『禁忌の恋』という名の『大罪』。
 
 
愛憎に満ち満ちた禍々しくも美しき僕らの『関係』。
 

***
 
狂気と狂喜に染まった美しき白磁の肌に散りしは、紅の花。
熱なき舌に拭い取られた、花の後に散るも紅の華。
今宵、あたしは紅く淫らに咲き乱れる。
 

――――――嗚呼、哂う闇がこの身を喰らう。
 

この舞台の幕を引くには、まだまだ月が高すぎる――――――。

end.



【うたかた。】のともたろすさまから
相互リンクの記念に頂いたSSです!
ゼロスの鬼畜さ加減といい、リナの可愛さ加減といい
そして、ゼルの可哀想さ加減といいwww最高です!!!

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